「作る」と決めた後が、本当の分かれ道
業務システムを作ると腹を決めた。予算もおおよそ見えている。ここから先で失敗する会社と、うまく立ち上がる会社が分かれます。
分かれ目は技術力ではありません。何を作るかが固まっていないまま発注してしまうか、固めてから発注するかです。要件が曖昧なまま進めると、出来上がったものが現場で使われず、作り直しの費用だけが残ります。
この記事は、作ると決めた後の進め方に絞って書きます。要件を固める前にやる業務の棚卸し、どこまでを既製ツールで済ませてどこから作るかの線引き、開発パートナーの選び方、そして立ち上げまでのロードマップです。
まだ「そもそも何から手をつけるか」の段階であれば、先に中小企業のDX|何から始めるかを決める判断基準を読んでください。着手先を決めてから戻ってくる方が早く進みます。
作る前に、どの段階を作るのか決める
「システムを作る」と言っても、狙っている段階が社内で揃っていないと要件がまとまりません。まず次の3段階のどこを作るのかを共有してください。
3つの段階を区別しましょう:
- デジタイゼーション:紙の情報をデジタルデータに変換する
- 例:紙の請求書 → PDFに変換
- デジタライゼーション:業務プロセスをデジタル化する
- 例:請求書の作成・送付・管理を一元的にシステム化
- デジタルトランスフォーメーション(DX):デジタルを活用してビジネスモデルや組織を変革する
- 例:データ分析に基づく新サービスの創出
最初に作るシステムで狙うべきは、まずステップ1〜2です。ここを飛ばしていきなり3段階目を要件に入れると、要件が膨らんで予算も期間も読めなくなります。3段階目は、2段階目で貯まったデータが揃ってから着手する方が現実的です。
要件を固める前に:業務の棚卸し
発注前にやるべきは、仕様を書くことではありません。現在の業務を「見える化」することです。ここを飛ばして仕様から入ると、今のやり方をそのままシステムに写しただけのものが出来上がります。
やり方:業務棚卸しワークショップ
社内の主要メンバーを集めて、以下の作業を行いましょう。所要時間は2〜3時間です。
ステップ1:業務の書き出し
付箋やホワイトボードを使って、日々の業務を書き出します。
- 毎日やっている作業
- 毎週やっている作業
- 毎月やっている作業
ステップ2:時間と手間の可視化
各業務について、以下を記録します。
| 業務名 | 頻度 | 1回あたりの時間 | 月間合計時間 | 担当者 |
|---|---|---|---|---|
| 請求書作成 | 月1回 | 8時間 | 8時間 | 経理 |
| 日報入力 | 毎日 | 15分 | 5時間 | 全員 |
| 勤怠集計 | 月1回 | 4時間 | 4時間 | 総務 |
| 顧客データ入力 | 随時 | 30分 | 10時間 | 営業 |
ステップ3:改善優先度の決定
書き出した業務を以下の4象限に分類します。
| 時間がかかる | 時間は少ない | |
|---|---|---|
| 頻度が高い | 最優先で改善 | 改善効果は中程度 |
| 頻度が低い | 中期的に改善 | 後回しでOK |
「頻度が高く、時間がかかる業務」が、最初にシステム化する範囲として最適です。この表がそのまま要件の優先順位表になります。
どこまで既製ツールで済ませ、どこから作るか
開発費がかかるのは「作る」部分だけです。既製のSaaSで足りる範囲まで作ってしまうと、費用も保守の負担も無駄になります。発注前に、次の3レベルのどこまでで足りるかを確認してください。
レベル1:無料〜低コストで始められること
1. クラウドストレージの導入
社内のファイル共有がUSBメモリやメール添付なら、まずここから。Google DriveやOneDriveを導入するだけで、ファイル共有の効率が劇的に向上します。
- 費用:無料〜月額数百円/人
- 効果:ファイルの紛失・重複を防止、リモートワーク対応
2. チャットツールの導入
社内連絡がメールや電話中心なら、SlackやMicrosoft Teamsの導入を検討しましょう。
- 費用:無料プランあり
- 効果:情報共有の速度が3〜5倍に向上
3. ペーパーレス化
紙の書類をスキャンしてPDF化し、クラウドストレージで管理します。まずは新規の書類から始め、過去の書類は必要になったときにデジタル化する方針でOKです。
レベル2:月額数千円〜数万円で始められること
4. 会計・経理のクラウド化
freeeやマネーフォワードなどのクラウド会計ソフトを導入します。銀行口座やクレジットカードとの自動連携で、記帳作業が大幅に削減されます。
- 費用:月額2,000円〜
- 効果:経理作業を50〜70%削減
5. 勤怠管理のデジタル化
タイムカードやExcelでの勤怠管理を、クラウド型の勤怠管理システムに移行します。
- 費用:月額300円/人〜
- 効果:集計作業の自動化、法令遵守の強化
6. 顧客管理(CRM)の導入
Excelの顧客リストからCRMツールに移行します。HubSpot(無料プランあり)やkintoneなどが中小企業に適しています。
- 費用:無料〜月額数千円/人
- 効果:顧客情報の一元管理、営業活動の可視化
レベル3:数十万円の初期投資で始められること
7. 業務システムの構築
Excel管理が限界に達している業務を、kintoneなどの業務プラットフォームでシステム化します。
案件管理、在庫管理、受発注管理など、Excelで管理しているがデータ量が増えて限界を感じている業務が最適な対象です。
kintoneであれば、既存のExcelデータをもとに業務アプリを素早く構築できます。初期構築をプロに任せれば、最短数日で本格的な業務システムが稼働します。
8. Webサイトのリニューアル
名刺代わりの古いWebサイトを、集客力のあるサイトにリニューアルします。SEO対策やお問い合わせフォームの最適化を行い、Webサイトを「営業ツール」として機能させます。
開発を進めるときの5つの原則
原則1:小さく始める
最初から大きなシステムを導入しようとするのは、ほぼ確実に失敗します。1つの業務、1つのツールから始めましょう。
成功体験を積み重ねることで、社内の抵抗感が薄れ、次の取り組みがスムーズに進みます。
原則2:経営者がコミットする
DX推進は、現場だけに任せても進みません。経営者自身が「なぜやるのか」を明確にし、率先して使う姿勢を見せることが重要です。
原則3:「全員が使えること」を最優先にする
高機能なシステムよりも、全員が使えるシンプルなシステムを選びましょう。使われないシステムは、どんなに高機能でも価値がありません。
原則4:既存の業務フローを見直す
「今の業務をそのままデジタル化する」のではなく、「なぜこの業務が必要なのか」から見直すことが大切です。不要な業務をデジタル化しても、不要な業務が効率的になるだけです。
原則5:伴走してくれるパートナーを見つける
社内にITに詳しい人がいない場合、外部のパートナーが不可欠です。ただし、ツールを売りたいだけのベンダーではなく、事業を理解して一緒に考えてくれるパートナーを選びましょう。
「本当にそのシステム必要ですか?」と言ってくれるパートナーは信頼できます。必要十分な提案ができる開発会社を選ぶことが、DX推進を成功に導く大きな要因です。
立ち上げまでのロードマップ例
中小企業(従業員10〜50名)で、業務システムの構築を含めて進める場合の一例です。
【Phase 1:基盤整備(1〜3ヶ月目)】
・クラウドストレージ導入
・チャットツール導入
・ペーパーレス化の開始
【Phase 2:業務効率化(4〜6ヶ月目)】
・クラウド会計導入
・勤怠管理のデジタル化
・顧客管理(CRM)の導入
【Phase 3:業務システム化(7〜12ヶ月目)】
・主要業務のシステム化(kintone等)
・データの一元管理
・レポート・分析の自動化
【Phase 4:データ活用・最適化(1年目以降)】
・蓄積したデータの分析・活用
・AI活用の検討
・業務プロセスの継続的改善
重要なのは、各フェーズで効果を確認してから次に進むことです。Phase 3のシステム開発に入る前にPhase 1〜2を済ませておくと、作る範囲が小さくなり、開発費も期間も圧縮できます。焦って一気に進めようとすると、現場が混乱して定着しません。
DX推進に使える補助金・支援制度
中小企業のDX推進には、国や自治体の支援制度を活用できます。
- IT導入補助金:ITツール導入費用の最大1/2〜3/4を補助
- ものづくり補助金:新サービス開発・生産プロセス改善に対する補助
- 小規模事業者持続化補助金:販路開拓に関する取り組みへの補助
- 各自治体のDX支援制度:地域によって独自の支援策あり
申請手続きが煩雑な場合は、申請支援を行っている専門家に相談するのも一つの方法です。
まとめ
作ると決めた後の進め方は、次の順番で考えてください。
- 発注の前に業務を棚卸しする — 仕様書より先に現状を見える化する
- 作る範囲を最小にする — 既製ツールで足りるところは作らない
- 段階を揃える — 最初のシステムで事業変革まで狙わない
- 経営者がコミットする — 決裁を止めない、率先して使う
- 「それは作らなくていい」と言えるパートナーを選ぶ — 事業を理解してくれる存在
システム開発で最も高くつくのは、作り直しです。着手前の棚卸しに数時間かけておくと、その数十倍の費用が後で浮きます。まずは棚卸しのワークショップを1回、社内で設定してみてください。


