CHAPTER 09
自治体の職員研修と定着|異動への引き継ぎ
この章で分かること
- 研修を2種類に分ける(知ってもらう研修と、自分の業務を動かす研修)
- 実務型の研修が成立する条件(人数・題材・事前の準備・到達点)
- 引き継ぎに残す6つと、異動の3か月前からやること
この章の目次(11)
- 1研修の目的を「全部作れる職員」に置かない
- 2研修は2種類に分ける
- 3誰を出すかで、半分決まる
- 4実務型(B)が成立する3つの条件
- 5研修の到達点を「アプリ完成」にしない
- 6研修の後に、月1回の場を置く
- 7引き継ぎに残す6つ
- 8異動の3か月前からやること
- 9研修の財源と回数
- 10よくある間違いを5つ
- 11この章の出口
自治体では、研修と引き継ぎは別の話ではありません。異動を前提にすると、同じ話になります。 一度の研修で「作れる職員」を育てるのではなく、触れる職員を切らさない仕組みを作るのが目的です。 この章は、研修の形を2種類に分け、引き継ぎに残す6つを決めるための章です。
この章で分かること
- 研修を2種類に分ける(知ってもらう研修と、自分の業務を動かす研修)
- 実務型の研修が成立する条件(人数・題材・事前の準備・到達点)
- 引き継ぎに残す6つと、異動の3か月前からやること
研修の目的を「全部作れる職員」に置かない
自治体の研修で最初に外すのが、ここです。目指すのは、全部作れる職員を育てることではありません。
三重県名張市で当社が計画している庁内向けの場も、狙いは次の3つに置いています。
- 業務改善の入口(自分の業務を言語化できる)
- 人材育成の入口(全部作れる職員ではなく、小さな改善を試せる職員を増やす)
- 庁内展開の試行(次の相談案件が出てくる状態を作る)
「小さな改善を試せる」で十分です。 7章の層1(自分で直す)を担当できる職員が、常に2人以上いる状態を保つこと。それが研修の到達点です。
当社が島根県海士町で行った研修も、対象は職員と、大人の島留学で島に来ている若者でした。外部委託であれば、契約が終われば人も知識も出ていきます。 教えることを工程に入れたので、以降の改修は庁内で回っています。
研修は2種類に分ける
1本の研修で全部をやろうとすると、どちらにも届きません。分けてください。
分ける理由は、2つの研修で成立の条件が正反対だからです。知ってもらう研修は、人数が多いほど効きます。庁内の空気は、少人数では変わりません。自分の業務を動かす研修は、人数が少ないほど効きます。参加者一人ひとりの手元を見て、その人の業務に合わせて話を変える必要があるからです。人数という同じ軸で、求めるものが逆を向いています。
時間の使い方も逆です。知ってもらう研修は、当日の内容がすべてです。事前に参加者から集めるものはありません。自分の業務を動かす研修は、当日より事前の準備で決まります。現物が揃っていない状態で当日を迎えると、聞き取りで時間が終わります。準備の重さがまったく違うものを1本にまとめると、軽いほうに引きずられて、結局は講演になります。
分けたうえで、両方をやってください。片方だけでは続きません。この章の前半は、その2本をどう組むかの話です。
| A:知ってもらう研修 | B:自分の業務を動かす研修 | |
|---|---|---|
| 目的 | 何ができるかを知る。庁内の空気を作る | 自分の業務を1つ、形にする |
| 対象 | 広く。関心のある職員、幹部を含む | 具体的な業務課題を持っている職員 |
| 人数 | 30名規模でも成立する | 5〜10名。これ以上は手が回らない |
| 形式 | 講演・事例紹介 | パソコンを使った演習 |
| 時間 | 120分程度 | 120分程度。ただし事前準備が別に要る |
| 到達点 | 「うちでもできそうだ」と思える | 次の一歩(担当・期限)が決まる |
AだけをやってBをやらないと、計画はできるのに1件も動きません(1章のよくある間違い1)。BだけをやってAをやらないと、参加した課の中で閉じます(2章の軸4)。
名張市では、2026年11月12日にこの2本を同じ日に組みます。 午前がB(業務課題を持つ職員5〜10名、演習形式)、午後がA(近隣の市と県の職員を含む30名規模、講演形式)です。午前で扱った実際の案件を午後の事例に使えば、重複ではなく答え合わせになります。
誰を出すかで、半分決まる
実務型(B)は、募集をかけて集まった人でやると成立しません。人選が半分です。
| 出す人 | 効き方 | 選び方 |
|---|---|---|
| 具体的な業務課題を持っている職員 | 題材がその場にある。研修後に自分で続ける | 所属長からの推薦を併用する |
| 情報政策・DX推進の担当 | 層2(相談して直す)の相手になる(7章) | 必ず1人入れる |
| 若手・任期付の職員 | 覚えが速く、庁内の相談窓口になりやすい | 異動の周期と合わせて考える |
| 幹部を、Aの研修に | 予算と人の判断をする人が中身を知る(3章) | Bではなく、広く知ってもらうAに出てもらう |
この表は、参加者を募集する前に読んでください。募集をかけてから人選を考えると、手が空いている職員が集まります。手が空いていることと、業務課題を持っていることは、別のことです。研修の成否は当日の進行より人選で決まるので、順番として人選が先です。
4行目の読み方だけ注意が要ります。幹部をBに出さない、と書いているのは、幹部に学んでほしくないからではありません。Bは自分の業務を自分の手で動かす場なので、決裁する立場の人が同席すると、参加者が失敗を見せられなくなります。演習で失敗が起きないと、何も身につきません。幹部にはAに出てもらい、予算と人の判断ができる材料を持って帰ってもらうほうが、結果として案件が進みます。
教える相手を、正規の職員だけに限る必要はありません。 海士町では、職員に加えて、大人の島留学で島に来ている若者も研修の対象にしました。庁内で触れる人の数を増やすことが目的なので、立場より「触るかどうか」で選びます。
ただし、会計年度任用職員や外部の人に触らせる場合は、権限とアカウントの扱いを先に決めてください(8章の点検4・7)。
実務型(B)が成立する3つの条件
Bの研修は、当日の中身より事前の準備で決まります。
| 条件 | 中身 | 欠けるとどうなる |
|---|---|---|
| 題材が参加者の実際の業務である | 架空の演習データを使わない | 終わった瞬間に忘れられる |
| 現物が事前に集まっている | 現行の様式・Excel・業務の流れを、事前照会で集める | 当日が聞き取りで終わり、手が動かない |
| 次の一歩が決まって終わる | 誰が、いつまでに、何をするか | 「良かった」で終わり、翌週には止まる |
2つめが本体です。 当社が名張市の研修で庁内と役割を分けているのも、ここが理由です。市の側が庁内への案件の照会・参加者の選定・現行様式とExcelと業務フローの収集・端末とアカウントの準備を担い、当社の側が案件の確認・構成への助言・デモや試作の可否判断・当日の進行を担います。
「事前照会で現物が揃うかどうか」で、当日の密度が決まります。 集まらない場合は、日程を延ばしてでも集めてください。
ここを軽く見ると、たとえばこうなります。事前照会はかけたものの、締切を過ぎても数件しか返ってこず、そのまま当日を迎える。参加者は集まっていて、会場も端末も揃っている。ところが題材が手元に無いので、最初の1時間が「どんな業務にお困りですか」という聞き取りになる。聞き取り自体は有益でも、それは2章でやるべき作業です。研修の時間を使う必要はありません。
結果として、その日に手を動かした職員は1人もいない、ということが起こります。参加者の満足度は悪くなく、「勉強になった」という感想も出ます。ただ、翌月の定例で「あれから何か直しましたか」と聞くと、誰も何もしていません。触った回数がゼロだからです。
この失敗の原因は、日程を動かさないことです。会場も講師も押さえてあり、参加者の予定も入っている状態で「1か月延ばします」と言うのは、庁内の調整としてかなり重い判断になります。それでも、延ばすほうが正解です。現物が無い状態でやる研修は、日程どおりに実施したという記録が残るだけで、何も動かしません。
日程を守るか、中身を守るかで迷ったら、中身を守ってください。研修は年に何度もやるものではないので、1回を空振りさせると次の機会は1年後です。逆に、1か月遅れてでも現物が揃っていれば、その日から案件が動き始めます。
研修の到達点を「アプリ完成」にしない
Bの研修で、当日にアプリを完成させようとすると失敗します。業務の整理が途中のまま、形だけのアプリができます。
| 到達点の置き方 | 結果 |
|---|---|
| アプリを完成させる | 業務の整理が飛ばされる。使われない |
| 改善テーマを抽出し、次の一歩を決める | 研修後の相談に続く。実際に動く |
初回の成果は、改善テーマの抽出と、次に相談する案件が見つかることで十分です。その後の構築は、研修の場ではなく通常の支援の場で行います。
当日の組み方も、この考え方で並べます。
| 区分 | 中身 | 目安 |
|---|---|---|
| 導入 | 狙いと、他団体の事例 | 10分 |
| 整理 | 対象業務の見える化(現状の流れ、重複・転記・確認の作業) | 25分 |
| 検討 | 道具に向く部分と、向かない部分の見極め | 25分 |
| 実践 | 試作を見ながらの意見交換(ここが本体。削らない) | 45分 |
| まとめ | 次の一歩(担当・追加の確認事項・庁内調整) | 15分 |
削るときは「導入」と「整理」から削ります。 整理を削れるのは、事前照会で現物が集まっている場合だけです。
研修の後に、月1回の場を置く
研修は点です。点を線にするのは、研修後の定例です。
名張市では、毎月1回のオンライン定例を持っています。研修の直前の回で対象案件と参加者を最終確認し、直後の回で研修のフォローと次の相談案件への接続を行う、という組み方です。
| 定例で扱うこと | なぜ必要か |
|---|---|
| 前回からの変更点 | 誰が何を直したか。層1が動いているかが分かる(7章) |
| 止まっている案件 | 止まったことに気づく仕組みがこれしかない |
| 次の相談案件 | 庁内から出てきた困りごとを拾う |
| 異動の予定 | 引き継ぎの準備を早く始められる |
月1回・30分で足ります。 大事なのは長さではなく、予定が入っていることです。予定が無い相談は、忙しい月に消えます。
引き継ぎに残す6つ
異動は事故ではなく、予定された仕様です(1章)。残すものを先に決めてください。
| 残すもの | 中身 |
|---|---|
| 1. なぜ作ったか | 元の業務で何が起きていたか。何が消えたか(1章の「消えた作業」) |
| 2. 触る人の名前 | 層1を担当する職員2人以上、層2の相談先、事業者の窓口(7章) |
| 3. 変更の記録 | いつ・どこを・なぜ変えたか。1行ずつ |
| 4. 権限の一覧 | 誰が何を見られるか。異動のときに外す手順(8章) |
| 5. 契約と費用 | 契約の相手・期間・更新の時期・年間の費用(3章) |
| 6. 困ったときの連絡先 | 事業者の窓口、情報政策担当、事故のときの連絡(5章の1枚) |
この6つは、異動が決まってから作るものではありません。1と2は作った日に書けます。3は日々の作業の副産物です。4から6は契約と設定を確認すれば埋まります。つまり、6つとも「引き継ぎのための作業」ではなく、通常の運用の記録として貯まっていくものです。そう設計してあるのは、引き継ぎのためだけに時間を取ると、忙しい年度末に必ず省かれるからです。
1つだけ、後から作れないものがあります。1番の「なぜ作ったか」です。作った当事者がいなくなると、経緯を知る人が庁内から消えます。なぜこの項目があるのか、なぜこの順番なのか、どの作業を消すために作ったのか——これが分からない後任は、触るのが怖くなって何も変えられなくなります。層1が動かなくなる原因の多くが、ここです。作った月のうちに、数行でいいので書いておいてください。
この6つを、個人のフォルダではなく共有の場所に置いてください。 異動した職員の端末の中にあるものは、引き継ぎに使えません。
紙で1枚にまとめるのが確実です。 システムの中に置くと、そのシステムに入れない後任が読めません。
異動の3か月前からやること
異動の内示が出てから引き継ぐと、間に合いません。内示の前から始められることがあります。
| 時期 | やること |
|---|---|
| 常時 | 変更の記録を1行ずつ残す(引き継ぎの3) |
| 年明け〜年度末 | 6つの引き継ぎ文書を最新にする。層1の担当を2人以上に保つ |
| 内示の後 | 後任と一緒に、実際に1か所変更してみる |
| 異動の月 | 権限を外す・付ける。組織と通知の宛先を直す(8章) |
3行目が肝です。 説明を聞くだけでは引き継がれません。後任が自分の手で1か所変更したところまでが引き継ぎです(4章の検収と同じ考え方)。
研修の財源と回数
研修の費用をどこから出すかは、団体ごとに違います。自庁の財政担当に確認してください(3章の財布4つ)。
| 探す場所 | 探す言葉 |
|---|---|
| 自庁の研修費・人材育成の予算 | 「職員研修 予算」「人材育成基本方針」 |
| 情報政策・DX推進の事業費 | 「DX推進 事業費」「デジタル人材育成」 |
| 国・県の事業、広域の協議会 | 「デジタル人材育成 支援事業」「市町村支援 研修」 |
| 外部人材の派遣制度に含める | 「地域活性化起業人」(11章) |
制度の名称・要件・額は変わります。最新は総務省と自庁の要綱、県の市町村支援の窓口で確認してください。
当社の場合、構築の納品に含まれるのは操作説明までで、自分でアプリを作れる状態まで引き上げるのは職員研修(3か月・4名まで)60万円です。これは当社の決めごとです。 3か月・複数回に分けているのは、1回の研修では触った回数が足りないからです(7章)。
よくある間違いを5つ
「1回の研修で全部やろうとする」 ——広く知ってもらうことと、自分の業務を動かすことは、人数も形式も違います。直し方:AとBに分ける。Aは30名規模の講演、Bは5〜10名の演習。同じ日に並べてもよい。
「架空の演習データで教える」 ——終わった瞬間に忘れられます。直し方:参加者の実際の業務を題材にする。事前照会で現行の様式・Excel・業務の流れを集めてから当日を迎える。
「当日にアプリを完成させようとする」 ——業務の整理が飛ばされ、形だけのアプリができます。直し方:到達点を「改善テーマの抽出と次の一歩」に置く。構築は研修の外でやる。
「研修をやりっぱなしにする」 ——点で終わり、翌月には止まります。直し方:月1回の定例を置く。30分でよい。予定が入っていることが本体。
「内示が出てから引き継ぎを始める」 ——間に合いません。口頭の説明だけが残ります。直し方:変更の記録を常時1行ずつ残し、年度末に6つの文書を最新にする。後任が自分の手で1か所変更したところまでが引き継ぎ。
この章の出口
この章を終えたとき、手元に残っているべきものは3つです。
- 研修の計画(AとBの分け方、Bの題材と事前照会の締切、当日の到達点)
- 引き継ぎの6つ(共有の場所にあり、紙でも読める形)
- 12項目の○×(必須3項目がすべて○)
庁内は回り始めました。次は、外に向いたサービスです。申請・予約・通知。ここは庁内の業務改善と違い、使う人が職員ではありません。 作る前に「使われるかどうか」を判定する必要があります。
この章の点検リストを開く(自社の状態を○×で判定する用)
点検リスト:研修と引き継ぎ(12項目)
研修を計画する前と、年度末(異動の前)の2回通します。
| # | チェック項目 | 合格ライン |
|---|---|---|
| 1 | 研修の到達点を「小さな改善を試せる職員を増やす」に置いた | 「全部作れる職員を育てる」になっていない |
| 2 | 研修をAとBに分けた | 目的・人数・形式が分かれている |
| 3 | 実務型(B)の人数を5〜10名にした | 演習の手が回る人数になっている |
| 4 | 題材が参加者の実際の業務である | 架空の演習データを使っていない |
| 5 | 事前照会で現物を集めた | 現行の様式・Excel・業務の流れが手元にある |
| 6 | 当日の到達点を「次の一歩」にした | 誰が・いつまでに・何をするかが決まって終わる形 |
| 7 | 会場・端末・アカウントの準備の担当を決めた | 庁内側と支援側の役割分担が書いてある |
| 8 | 研修後の定例を月1回置いた | 日程が決まっている(30分でよい) |
| 9 | 層1を担当する職員が2人以上いる | 氏名が2人以上書いてある(7章の点検5) |
| 10 | 変更の記録を1行ずつ残している | いつ・どこを・なぜ変えたかが追える |
| 11 | 引き継ぎの6つを共有の場所に置いた | 個人の端末・個人のフォルダに無い |
| 12 | 後任が自分の手で1か所変更した | 説明を聞いただけで終わっていない |
合格ライン=12項目中10以上。ただし 4・8・11 のどれかが×なら研修を実施しない(11は異動の前に必ず埋める)。
- 4が×:研修が「良い話を聞いた」で終わります。翌週には何も残りません
- 8が×:点で終わります。止まったことに気づく仕組みが無くなります
- 11が×:異動で全部消えます。次の担当は、なぜこうなっているかを説明できません
12は、異動の予定が無い年度は対象外として構いません。ただし、層1の担当が1人しかいない状態は、点検9で×です。
更新日 2018年10月20日
