株式会社COTSUBU

CHAPTER 01

自治体DXは民間と何が違うのか

この章で分かること

  • 民間のやり方がそのまま通らない4つの理由(予算年度・人事異動・議会と監査・前例)
  • 制約ごとに、いつ・誰に・何を出しておけば止まらないか
  • 最初に味方にする3人(情報政策・財政・所管課)と、その順番
この章の目次(9)
  1. 1違いは4つに整理できる
  2. 2違い1:お金は年度でしか動かない
  3. 3違い2:決めた人が数年でいなくなる
  4. 4違い3:議会と監査に説明できる形が要る
  5. 5違い4:前例が意思決定の最短経路
  6. 6味方にする3人と、その順番
  7. 7「DX」という言葉を庁内で使わない
  8. 8よくある間違いを5つ
  9. 9この章の出口

自治体のDXが進まない理由は、職員のやる気でも、ITの知識でもありません。 決められた手順を踏まないと1円も使えず、決めた人が数年で入れ替わり、説明できない支出は後から問われるという、民間には無い制約の中で進めるからです。 この章は、その制約を4つに整理し、「制約のせいで止まる」を「制約の中で動かす」に変えるための章です。

この章で分かること

  • 民間のやり方がそのまま通らない4つの理由(予算年度・人事異動・議会と監査・前例)
  • 制約ごとに、いつ・誰に・何を出しておけば止まらないか
  • 最初に味方にする3人(情報政策・財政・所管課)と、その順番

違いは4つに整理できる

自治体でDXが止まる場所は、毎回ほぼ同じです。技術の話ではなく、手続きと人の話に集中しています。

制約 民間企業 自治体 効いてくる場面
お金 社内決裁が通れば、いつでも使える 年度で区切られ、議会の議決を経た予算でしか使えない 「来月から使いたい」が通らない
人 担当者が数年で変わることは少ない 定期の人事異動がある。所属も担当も変わる 作った人がいなくなり、誰も直せない
説明責任 結果が出れば手段は問われにくい 議会・監査・住民に説明できる形が要る 「なぜその会社に頼んだか」を後から問われる
意思決定 新しさが評価されることがある 前例があるかどうかが最短経路になる 「他にやっている団体はありますか」で止まる

この4つは、直せるものではありません。制約を外そうとするのではなく、制約に合わせて出す順番を変えるのがこの本の立場です。

当社は2024年に総務省の地域活性化起業人として島根県海士町の役場に常駐し、電子決裁・入札関連情報の一元管理・定期健診の対象者管理をkintoneで構築しました。2026年6月からは三重県名張市に社員が着任しています。どちらでも、時間がかかったのは開発ではなく、この4つに合わせた段取りでした。

違い1:お金は年度でしか動かない

民間なら、必要になった月に稟議を出して買えます。自治体では、使う前の年度に要求し、議会の議決を経た予算でなければ執行できません。

おおまかな流れは次のとおりです(具体的な時期と回数は団体ごとに違います。必ず自庁の財政担当に聞いてください)。

時期の目安 起きていること DX担当がやること
前年の初夏 次年度予算の方針が示される やりたいことを言語化しておく。ここが山場
前年の夏〜秋 各課が予算要求を出す 要求書に載せる。載らなければ翌年度
前年の冬 財政担当の査定 質問に答える。削られる理由を潰す
年度末の議会 予算の議決 議決されて初めて「使える」状態になる
年度内 執行。足りなければ補正 契約・検収・支払いを年度内に終える

要求の時期を逃すと、まるごと1年待つことになります。 当社が自治体へ提案するときに「次年度予算に載せるなら前年の6月から8月です」と言っているのは、この構造があるからです。

年度内に動かす方法が無いわけではありません。詳しくは3章で扱いますが、実務では次の3つに絞られます。

  1. 補正予算(年度途中に議会の議決を経て積む)
  2. 既存予算の流用・組み替え(財政担当の判断が要る)
  3. 少額随意契約の枠に収まる金額で始める(金額の限度は団体の財務規則で違う)

当社が「1業務30万円(税込33万円)」という単位で自治体向けの構築を切っているのは、3番目に収まる可能性が高いからです。ただし限度額は団体区分と契約種別で異なります。自庁の財務規則を必ず確認してください。

違い2:決めた人が数年でいなくなる

民間の内製化と自治体の内製化で、最も違うのがここです。

自治体では定期の人事異動があり、情報政策の担当も、所管課の担当も、数年のうちに入れ替わります。周期は団体の人事方針で違うので、自庁の実績を人事担当に聞いてください。 確かなのは、「作った人がずっと担当し続ける」前提を置くと必ず壊れる、ということです。

自治体で内製化が止まるときは、たいていこの形です。

止まり方 起きること
作れる職員が1人しかいない その人の異動で改修が止まる。誰も触れない
仕様が頭の中にしかない 次の担当が「なぜこうなっているか」を説明できない
ID・権限が個人に紐づいている 退職・異動でログインできなくなる
外部委託先との窓口が1人 引き継ぎの場が無いまま契約だけ残る

だから当社は、納品時に「複数の職員が触れる状態」を作ることを条件にしています。海士町では職員と、大人の島留学で島に来ている若者を対象に研修を行い、以降の改修は庁内で回っています。名張市では「担当室が自らアプリを作成し、困った部分を支援側がサポートする」という運用方針が先に決まっており、支援はその方針に沿って行っています。

異動は事故ではなく、予定された仕様です。 9章では、異動を前提にした引き継ぎの形を扱います。

違い3:議会と監査に説明できる形が要る

民間なら「使ってみて良かったから続ける」で済みます。自治体では、後から第三者に説明できる記録が求められます。聞く人は、議会(一般質問・決算審査)、監査委員、そして住民です。

説明できる形にするために、最初から残しておくものは次の4つです。

残すもの 誰に効くか 無いとどうなるか
なぜその業務から始めたか(選定の理由) 議会・住民 「なぜその課だけ」に答えられない
なぜその方式・その相手か(調達の理由) 監査 随意契約の理由を後から作ることになる
いくらかかって、何が変わったか(前後の比較) 議会・決算審査 効果を語れず、翌年度の予算が付かない
個人情報とセキュリティをどう確認したか 監査・住民 事故が起きたときに手順の不備を問われる

ここで大事なのは、「効果」を数字で出そうとして止まらないことです。削減時間を厳密に測ろうとすると、測ること自体が仕事になります。当社が現場で使っているのは、もっと素朴な形です。

  • 前は何回、どこを見に行っていたか(例:紙の回覧が誰の机にあるかを探しに行っていた)
  • 前は何と何を突き合わせていたか(例:電話メモとExcelの名簿を毎日突き合わせていた)
  • 今はそれが要るか(要らなくなった、で足りる)

海士町の定期健診の対象者管理は、まさにこの形でした。電話で受けたメモとExcelの名簿が別々にあり、毎日突き合わせが発生していた。1つのアプリに統合したら突き合わせが消えた。この「消えた」が、議会にも住民にも説明できる言い方です。

違い4:前例が意思決定の最短経路

「他にやっている団体はありますか」は、後ろ向きな質問ではありません。前例は、庁内の説明コストを一気に下げる材料です。担当者の好みで選んだのではない、と言えることに意味があります。

前例には2種類あります。使い分けてください。

前例の種類 何に効くか 集め方
他団体の前例 「その手があるのか」の段階。制度ルートの確認 同規模・同県・近隣の団体。国の事例集
庁内の前例 「うちでもできるのか」の段階。ここが本命 自分の庁内で先に1件作る

当社が神奈川県藤沢市で市営住宅の空き住戸の利活用をお手伝いしたときも、先行して整理したのは他自治体(前橋市・福島市・大阪市)の要綱と、国の事例集でした。そのうえで、市の内部の計画・ガイドライン(募集要項)・事務要領・様式一式を一式で整える形にしています。制度ルートは前例をなぞり、中身は自庁の事情に合わせる。 これが庁内で通る形です。

そして、他団体の前例より強いのが庁内の前例です。海士町で定期健診の対象者管理を作ったあと、他の課からも相談が来るようになりました。担当者の負担が目に見えて減ったことが庁内の信用になったからです。最初の1件は、効果の大きさより「隣の課に見えるか」で選びます。 2章で扱います。

味方にする3人と、その順番

自治体でDXを進めるとき、最初に話を通す相手は決まっています。順番を間違えると戻されます。

順 相手 何を握るか 抜かすとどうなるか
1 所管課(業務を持っている課) 困っているのは何か。やる意思があるか 現場が「勝手に決められた」と受け取る
2 情報政策・デジタル推進の担当 クラウド利用の庁内手続き、セキュリティ要件、ネットワークの区分 作った後に「その経路では使えない」が出る
3 財政・契約の担当 どの財布から、どの契約方式で出すか 予算も契約方式も無いまま話が進む

当社が自治体の構築に入るときの流れにも、この順番を組み込んでいます。「情報政策担当との確認」を、構築の前の独立した工程として置いています。 ここを飛ばすと、作ったものが使えない場所に置かれることがあるからです(5章)。

もう1つ、業務によっては早い段階で握るべき相手がいます。 海士町の電子決裁では、押印との関係が論点になりました。決裁の記録がkintone上に残ることをもって押印に代える運用を、内部規程で定める必要があった。これは情報政策担当だけでは決められず、総務・文書担当と最初に握りました。 業務ごとに「その業務のルールを持っている課」があります。それが誰かを、着手前に1行で書いておいてください。

「DX」という言葉を庁内で使わない

最後に、言葉の話をします。当社の決めごとです。

庁内の説明で「DX」「BPR」「デジタルトランスフォーメーション」から入ると、聞く側は「大きな話」「自分の課には関係ない話」と受け取ります。 計画には書いてあるのに実行が進まない、という状態はここから生まれます。

代わりに使うのは、現場の言葉です。

使わない言い方 使う言い方
全庁のDXを推進します この課の、この作業をやめます
BPRで業務を再構築します 二重に入力している場所を1つにします
デジタル人材を育成します 自分の業務を自分で直せる職員を増やします
ペーパーレス化します この回覧が今どこにあるかを、探さなくてよくします

名張市で計画している庁内向けの場も、この考え方で設計しています。目的は「全部作れる職員」を育てることではなく、業務を言語化し、小さな改善を試せる職員を増やすことです。当社が研修を受けるときも、ここは崩しません(9章)。

よくある間違いを5つ

「まず全庁のDX推進計画を作ってから動く」 ——計画には「何をやるか」は書けますが、「誰がやるか」が書かれないまま1年が過ぎます。計画が悪いのではなく、計画だけでは1件も動かないだけです。直し方:計画づくりと並行して、1つの課の1業務を先に動かす。庁内の前例が1件あるかどうかで、計画の通り方が変わります。

「民間のスピードをそのまま持ち込む」 ——「来月から全部切り替えます」は、現場を敵に回します。急に切り替えると現場は元に戻します。直し方:二重管理の時期を、最初から工程に入れる。使われる実績が積み上がってから、片方を落とします。

「情報政策課に最後に相談する」 ——作ってから相談すると、ネットワークの区分やクラウド利用の手続きで差し戻しになります。悪気なく数ヶ月が消えます。直し方:着手前に相談する。聞くのは「この業務のデータは、どの区分で扱う想定か」の1問で足ります(5章)。

「効果を厳密に測ろうとする」 ——削減時間を正確に出そうとして、測定の設計だけで数ヶ月かかります。直し方:「前は何と何を突き合わせていたか」「今はそれが要るか」で書く。消えた作業を1行で言えれば、決算審査には足ります。

「異動を例外扱いする」 ——「担当が異動したらどうなりますか」は、想定外の質問ではなく、必ず起きる前提です。直し方:最初から複数の職員が触れる状態を作る。1人しか触れないものは、作った時点で未完成だと考えます。

この章の出口

この章を終えたとき、手元に残っているべきものは3つです。

  1. 4つの制約に対する自庁の実態(予算の時期・異動の周期・説明の相手・参考にする前例)
  2. 最初に話を通す3人の名前(所管課・情報政策・財政)
  3. 12項目の○×(必須3項目がすべて○)

前提は揃いました。次に決めるのは、庁内のどの業務から手を付けるかです。ここを外すと、うまく作っても庁内に広がりません。効果の大きい業務ではなく、隣の課から見える業務を選びます。

次の章へ:2章 自治体DXは何から始めるか|業務の棚卸し

この章の点検リストを開く(自社の状態を○×で判定する用)

点検リスト:自治体DXの前提確認(12項目)

着手を決める前に、DX担当が1人で通します。 30分あれば終わります。

# チェック項目 合格ライン
1 対象の業務を持っている課の名前が書いてある 課名と担当者名が1行で書ける
2 その課が「やりたい」と言っている 押し付けではない。所管課から出た困りごとである
3 情報政策・デジタル推進の担当に着手前に相談した 相談した日付がある
4 その業務のルールを持っている課を特定した 例:押印なら総務・文書担当。名前が書いてある
5 使う予算の見込みがある 当初・補正・既定予算・少額随意契約のどれかが決まっている(3章)
6 予算要求の時期を自庁の財政担当に確認した 要求の時期と締切を聞いた(伝聞ではない)
7 触れる職員が2人以上いる 1人しか触れない体制になっていない
8 今の担当の異動時期の見込みを把握している 人事担当に確認した/少なくとも想定している
9 「なぜこの業務から始めたか」を1行で書いた 議会・住民にそのまま言える文になっている
10 前後の比較を、消える作業の形で書いた 「◯◯と◯◯の突き合わせが消える」のように書けている
11 参考にする他団体の前例を1つ以上挙げた 団体名と、何をやったかが書いてある
12 庁内向けの説明を、現場の言葉で書き直した 「DX」「BPR」を使わずに説明できる

合格ライン=12項目中9つ以上。ただし 1・3・7 のどれかが×なら着手しない。

  • 1が×:持ち主のいない業務を改善しようとしています。誰の業務でもないものは、誰も使いません
  • 3が×:作った後に差し戻される可能性が残ります。相談は30分で終わり、やり直しは数ヶ月かかります
  • 7が×:完成した瞬間に、次の異動までのカウントダウンが始まります

2・5・6 が×でも着手はできますが、2が×のまま進めた案件は、ほぼ確実に使われなくなります。 所管課の意思は、予算より先に確認してください。

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更新日 2018年10月20日