CHAPTER 01
生成AIに任せてよい業務の線引き
この章で分かること
- 線引きは「AIにできるか」ではなく「間違いに気づけるか」で引くこと
- 任せ方には4段階あり、段階ごとに人が見る場所が違うこと
- 線引きを3列の表にして社内に配る形と、そこに必ず入れる責任の所在
この章の目次(8)
- 1「AIにできるか」で線を引くと、線が毎月動く
- 2任せ方は4段階ある
- 3任せてよいかを決める4つの問い
- 4当社の線引き(実物)
- 5線引きは3列の表にする(禁止事項の一覧を作らない)
- 6AIを使わないほうがよい業務
- 7よくある間違いを5つ
- 8この章の出口
AIを入れて失敗する会社は、道具を間違えたのではありません。任せる範囲を決めないまま配った会社です。 最初に決めるのは「何をAIに任せ、どこを人が見るか」の線引きです。これは技術の話ではなく、間違いが出たときに誰がどう気づくかの話です。 この章は、手を付ける前に線を引き、社内の誰が判断しても同じ答えになる状態を作るための章です。この本で最初に通す章です。
この章で分かること
- 線引きは「AIにできるか」ではなく「間違いに気づけるか」で引くこと
- 任せ方には4段階あり、段階ごとに人が見る場所が違うこと
- 線引きを3列の表にして社内に配る形と、そこに必ず入れる責任の所在
「AIにできるか」で線を引くと、線が毎月動く
できること・できないことで線を引くと、道具が更新されるたびに引き直しになります。実際、去年できなかったことは今年できるようになっています。 一方で、変わらないものが1つあります。間違いがゼロにならないことです。しかも、人の間違い方とは性質が違います。
| 人の間違い | AIの間違い | |
|---|---|---|
| 出方 | 疲れ・思い込み・引き継ぎ漏れ | 一定の確率で起きる。頻度は下がっても消えない |
| 本人の様子 | 「自信がない」と言う。手が止まる | 何も言わない。自信のある文体のまま出てくる |
| 見た目 | 途中で終わっている、空欄が残る | 完成した形をしているので気づきにくい |
| 同じ入力の再現性 | だいたい同じ | 毎回少し違う |
| 直し方 | 一度教えれば次から直る | 指示を直さなければ次も同じことをする |
この表の3行目が、線引きを決める理由です。AIの間違いは、見た目では分かりません。 だから線は、「AIの賢さ」ではなく「この業務は、間違っていたときに気づけるか」で引きます。気づける業務は任せられますし、気づけない業務は、どれだけ道具が良くなっても任せられません。
当社の決めごと:線引きは業務の側の条件で決める。道具が変わっても線は引き直さない。 理由は、道具が更新されるたびに社内ルールを作り直していたら、現場が付いてこないためです。
任せ方は4段階ある
「任せる/任せない」の2択にすると、ほとんどの業務が「任せない」に落ちます。実際には段階があります。
| 段階 | 何をさせるか | 人が見る場所 | 例 |
|---|---|---|---|
| 1 下書き | 最初の形を作らせる。捨てても損しない | 出てきたもの全部。人が直して人の名前で出す | 議事録の整形、メールの下書き、企画の骨子、原稿の初稿 |
| 2 点検 | 人が作ったものをAIに見せて、抜けや矛盾を挙げさせる | AIの指摘を人が採否する(採らない自由がある) | 契約書の読み合わせ前の論点出し、仕様の抜け探し、原稿の事実確認の観点出し |
| 3 実行 | 手順が決まった作業を、範囲を限定して実行させる | 実行前の条件と、実行後の結果(件数・合計) | 決まった形式の集計、分類、転記、定型の返信文の生成 |
| 4 任せない | 判断そのもの。させない | — | 採用・評価・解雇、与信、価格の最終決定、謝罪するかどうか、公開してよいかの判断 |
段階1から始めます。 段階1は、出力が間違っていても人が捨てるだけなので、損失が出ません。ここで「どのくらい間違うのか」「どういう間違い方をするのか」を社内が体感してから、段階2・3に進みます。 逆に、最初から段階3(実行)に行くと、間違いに気づく目が社内に育っていない状態で、実害の出る作業を任せることになります。
段階2は見落とされがちですが、中小企業で最も効く使い方です。AIに作らせるのではなく、人が作ったものを点検させる形なら、成果物の責任は人の側に残ったまま、見落としだけが減ります。
任せてよいかを決める4つの問い
業務を段階に割り当てるときは、この4つを順に問います。上から順で、1つでも×が出たらその時点で段階を下げます。
| # | 問い | ○の状態 | ×なら |
|---|---|---|---|
| 1 | 取り消せるか | 出した後でも直せる。送信前・提出前に人が挟まる | 段階1に落とす(人が送る前に必ず見る) |
| 2 | 間違いに気づけるか | 元になる事実(音声・元データ・原本)と照らせる | 段階4(任せない) |
| 3 | 社外に出るか | 社内で完結する | 出す前に読む人を1人決める。氏名を書く |
| 4 | 責任は誰にあるか | 「出力を使った人が持つ」と決まっている | 先に社内ルールを作る(3章) |
2番目が最も重要です。 元になる事実が無い問い——たとえば「この業界の相場はいくらか」「競合A社の内情はどうか」——は、答えが出てきても確かめようがありません。もっともらしい答えが返ってくるぶん、むしろ危険です。 照らす先が無い質問は、AIに聞いても意味がない、と覚えてください。これは道具が良くなっても変わりません。
当社の線引き(実物)
当社は開発も、記事や教科書の執筆も、社内業務の自動化も、日常的にAIで回しています。このサイト自体、公開している kintone プラグイン23本、この教科書もその形で作ったものです。 それでも、人が必ず見る場所は固定しています。
| 当社の仕事 | 任せている範囲 | 人が必ず見る場所 |
|---|---|---|
| 記事・教科書の執筆 | 構成案、初稿、表の整理 | 数字と出典(出典のない数字は書かせない)・当社の料金・固有名詞。公開の可否は人が決める |
| kintoneプラグインの開発 | 実装、修正、テストの作成 | 何を作るかの仕様、実際に動かしての確認、公開してよいかの判断 |
| 打ち合わせの議事録 | 文字起こしの整形、要約 | 決定事項と宿題(担当と期限)、相手の社名・人名 |
| 見積・請求の金額 | 任せない(段階4) | — |
見積と請求を段階4にしているのは、能力の問題ではありません。間違ったときに取り消せず、相手の会社に迷惑がかかるからです。問い1と問い3が×だからです。
当社の決めごと:AIが出したものの責任は、出力を使った人が持つ。「AIが間違えた」とは言わない。 理由は、責任の所在が曖昧だと、結局だれも確認しなくなるためです。
線引きは3列の表にする(禁止事項の一覧を作らない)
社内に配るのは、次の3列だけの表です。A4で1枚に収めます。
| 業務 | 任せ方 | 人が見る場所と担当者名 |
|---|---|---|
| 議事録の作成 | 1 下書き | 決定事項と宿題(◯◯) |
| 問い合わせの一次返信 | 1 下書き | 送信前に全文(◯◯) |
| 月次の集計 | 3 実行 | 件数と合計の一致(◯◯) |
| 採用の合否 | 4 任せない | — |
禁止事項の長い一覧を作らないでください。 禁止一覧は、読まれず、抜け道が探され、書いていないことは全部OKだと解釈されます。 代わりに、全部の業務に1〜4の番号を振ります。 番号が振られていない業務は「まだ決めていない=勝手に使わない」と扱います。これなら、新しい業務が出てきたときも「番号を決めてください」で済みます。
AIを使わないほうがよい業務
この本は、使うことを勧める本ではありません。使わないほうが速い業務があります。
| 条件 | なぜ使わないほうがよいか |
|---|---|
| 月1回未満しか発生しない | 指示文を作る手間と、確認の手順を覚える手間のほうが大きい |
| 入力が紙・手書きしかない | 電子化の作業が先に要る。そこが本当の課題 |
| 確認に、元の作業より時間がかかる | 金額の確定、法的な届出など。確認時間を足すと遅くなる |
| 毎回やることが違う | 手順が言葉にできない業務は、指示も書けない |
| 担当者が1人で、その人が乗り気でない | 使われないまま契約だけ残る |
特に3番目に注意してください。導入の失敗で最も多いのは、出力の確認に時間がかかりすぎて、結局全部人がやり直している状態です。これは効果がマイナスです。 判定は簡単で、着手前に所要時間を記録しておけば分かります(2章・11章)。記録していないと、この判定ができません。
よくある間違いを5つ
「まずは全社員にアカウントを配って、使い方は各自に任せる」 ——誰が何に使っているか分からない状態が生まれ、事故が起きるまで気づきません。使う人も、何に使ってよいか分からないまま数回開いて終わります。直し方:線引きの表(3列)を先に配る。配るのはアカウントより表が先。
「AIにできることを調べてから、使い道を考える」 ——順番が逆です。できることの一覧から始めると、自社に無い業務の話ばかりになります。直し方:自社の業務を10個書き出してから(2章)、それぞれに1〜4の番号を振る。
「間違いが出たから、この道具は使えないと判断した」 ——間違いは必ず出ます。判断すべきは「間違いに気づける仕組みが作れるか」です。直し方:出た間違いを、問い2(元の事実と照らせるか)で分類し直す。照らせるなら段階を下げて続行、照らせないなら段階4にする。
「重要な仕事ほどAIに任せて、雑用は人がやる」 ——逆です。重要な仕事は、取り消せず、社外に出て、責任が重い。直し方:問い1〜3で判定する。重要かどうかではなく、取り消せるかどうかで決める。
「社長だけが使っていて、現場は知らない」 ——1年後、社長の作った仕組みを誰も触れない状態になります。中小企業で最も起きやすい形です。直し方:最初の1業務は、現場の担当者本人が回す(2章の点検項目10)。社長は線引きとルールを決める側に回る。
この章の出口
この章を終えたとき、手元に残っているべきものは3つです。
- 3列の表(業務・任せ方の番号・人が見る場所と氏名)
- 任せない業務の名前(3つ以上)
- 出力の責任者を書いた1行
線は引けました。次は、その線の中でどの業務から手を付けるかです。ここで「時間のかかっている業務」を選ぶと、ほぼ失敗します。探すのは時間ではありません。
この章の点検リストを開く(自社の状態を○×で判定する用)
点検リスト:AIに任せる範囲の線引き(12項目)
経営者と管理部門で、1時間あれば通せます。 アカウントを配る前に通してください。
| # | チェック項目 | 合格ライン |
|---|---|---|
| 1 | 任せ方の4段階が1枚に書いてある | 下書き/点検/実行/任せない の定義が社内の言葉で書いてある |
| 2 | 主要な業務に段階の番号が割り当ててある | 対象業務の全行に1〜4のどれかが入っている |
| 3 | 「任せない」業務が具体名で書いてある | 3つ以上。業務名で書いてある |
| 4 | 段階3(実行)の業務は、元の事実と照らせる | 照合元(音声・元データ・原本)が行ごとに書いてある |
| 5 | 社外に出る文書は、出す前に人が見る | 見る人の氏名が書いてある |
| 6 | 出力の責任者が決まっている | 「出力を使った人が責任を持つ」と明記してある |
| 7 | 間違いが出たときの報告先がある | 氏名または窓口が1つ書いてある |
| 8 | AIが出した数字をそのまま使わない決まりがある | 資料の型に「数字の出どころ」欄がある |
| 9 | 別の人が同じ業務を判定しても一致する | 2人で試して、判定が一致した |
| 10 | 見直す日が決まっている | 3ヶ月以内の日付が入っている |
| 11 | AIを使わない業務も理由つきで書いてある | 理由が1行ずつある |
| 12 | 決めた内容が社内に配られている | 文書で配布済み(口頭だけは×) |
合格ライン=12項目中9以上。ただし 3・5・6 のどれかが×なら、次の章に進まない。
- 3が×:「何でも任せてよい」と読まれます。任せない業務を名指しで書いていない表は、線引きではありません
- 5が×:間違いがそのまま社外に出ます。取り消せない場所で事故が起きます
- 6が×:誰も確認しません。責任の所在が空いている限り、確認は必ず省かれます
10(見直す日)が×でも進めて構いませんが、3ヶ月で必ず実態とずれます。 日付だけ先に入れてください。
この章に関係する記事
更新日 2018年10月20日
